エラゴン 遺志を継ぐ者 [Blu-ray]

エラゴン 遺志を継ぐ者 [Blu-ray]

「日本人が書いた萌えラノベだったらよかったのに」
深夜放送されていたものを録画で。
TRPGのネタ探しのためという名目で、テレビでファンタジー映画をやってたらなるべく見るようにしている。まぁこの手の映画は半分以上がセットとCGだけで予算が全部吹っ飛びました、みてぇなどうしようもないのが大半なのだが。
で、これもその例に漏れず。あまりにひどかったのでここでネタしようというわけだ。その前にやってたダンジョンアンドドラゴン*1も大概だけど、向こうのファンタジー映画市場も邦画みたいなお寒い台所事情でもあったりするのかしらん。
あらすじをかいつまんで説明すると、『かつて世界にはドラゴンライダーと呼ばれる、竜に乗った最強の戦士たちがいた。しかし、数十年前の大戦でライダーの多くは死に絶えた。いまや、闇の眷属を従え、暗黒の魔術を思うままに操る、邪悪なる王が支配する時代。そんなある時、ごく普通の農民の息子エラゴンは、ふとしたきっかけから珍しい石を手にする。その石は王の元から盗み出された、最後の竜の卵だった。かくして新たなドラゴンライダーに選ばれたエラゴンは、様々な出会いと別れを経て、悪しき王に戦いを挑む」というもの。原作小説の序盤部分だけを映像化したもので、映画そのものは打ち切りっぽく終わっており、続編も作られる予定だったと思われるが、今のところ公開の予定はない。
原作は未読なのであんまり細かいことはかけないのだが、どうやら原作者は15歳でこれを書いたらしい。なるほど、相棒のドラゴンが実はメスであり、主人公と一心同体というのもいかにも厨二ラノベっぽくていい。原作者が日本に生まれていたらさぞかしいいドラゴン娘萌えラノベを書いていただろう(褒め言葉)。そういう原作だから、設定の粗さやストーリーの稚拙さに揚げ足を取るのは野暮である。ロード・オブ・ザ・リングと比較したレビューもネットで多く見かけたが、それは酷というものだ。指輪物語がイギリスを代表する言語学者による緻密な架空世界を描いた物語だとすれば、こちらは15歳の若造が自分の欲望に素直に作った世界。自分の黒歴史を思い出しつつ、ニヤニヤして楽しむのがこの年になってまで厨二病を引きずる俺のような男の流儀というものだろう。
しかしまぁ、映画はそうはいかなかったらしい。なんていうか、面白くなりそうな要素はいくらでもあるのに、全部テキトーにぶち込んだだけでその後いっさい膨らませねえの。あらすじだけを見るといたって王道的ストーリーだけに、作り手の手腕次第でいくらでも見せようがあるだろうに、ってのにぜーんぶだいなし。予算不足なのかいまいち全力は出し切れていない印象があるものの、特撮効果は非常に高く、終盤の空中戦闘はなかなか見応えがあってよろしい。ああ、それなのに……。
主人公であるエラゴンくんの乗騎となる「サフィラ」はメスのドラゴン。翻訳では性別は明言されていなかったが、女性が声を演じているうえに「She」と呼称していたのでメスなのだろう。向こうの美的センスで描かれているので非常にバタ臭い顔をしているが、言われてみれば女性的な顔つきをしている。というか、(向こうのセンスで)可愛く描こうとしたせいか、不気味の谷現象が発生して若干キモいのだが、そこは日本的感覚に脳内補完するにして。主の出現を千年以上も待ち続けた彼女は、主とテレパシーで通じ合い、主は竜の力を借りて魔法を使う。竜と主とは一心同体であり、主の死はすなわち竜の死をも意味する(逆についてはこの限りではなく、竜を亡くした元ライダーもいる)。ドラゴンライダーに選ばれた少年と、美しいドラゴン(メス)との絆。普通ならこれだけで濃厚なドラマを作れそうなものだし、おそらく原作もそうなのだろう。いかにも15歳の子供が考えそうな厨二くさい設定だが、原作ではその厨二くささがいい味になっているのだと思われる。日本ならこの設定にもう少し手を加えて、たまに人間に変身する的な設定を加えていけばいい萌え&燃えアニメが一本作れるだろう。残念なのは、サフィラを演じる女優の声がそのまんま普通の女性すぎてドラゴンが喋ってる感じが全然しないということ。ドラゴンが女声でしゃべるのはギャップ萌えの要素もあるので別にいいが、せめてエコーでもかけて「テレパシーで会話している」という雰囲気を出すべきだった。どう聞いても地声で喋ってるのをテレパシーと言い張る(字幕が斜体になっているのと口パクの有無ぐらいでしか判断する材料がない)のは、見ていてものすごくマヌケ。
しかし、この映画はドラゴン娘にいかに萌えるかが鍵となる……もとい、人とドラゴンとがいかに絆を結んでいくかがお話の骨になるはずなのに、映画ではただ1度だけ、至極どうでもいいことでケンカしただけ。それ以降、サフィラはただの使い走り。なんのドラマもへったくれもない。ラストはありきたりなハッピーエンドだから、これを盛り上げるには地道な積み重ねが必要になってくる。たとえばタイガー&バニーのように、たとえ陳腐なエンディングでも、そこに至るまでの道筋に説得力があれば感動的なものになるのだ。なのに、唐突にケンカしたかと思えば唐突に仲直りしただけで、以降はずーっと言いなりになってるだけだから、せっかくサフィラが死の淵から蘇っても「うわ、やっぱりご都合主義かよ」以上の感想が出てこない。
そもそも、ダジャレっぽい名前の主人公エラゴンくんのバカっぷりが度を超えている。いわく、
・狩りの途中で拾った珍しい石(実は竜の卵)を肉と交換しようとする。偶然手に入れた秘宝をそれと気づかずに金品に変えようとするシーンはめずらしくはないが、交換先がよりによって肉とは。せっかく狩りをしていたのだから、わざわざ交換するぐらいなら自分で獲ったほうが早いのでは。
・竜の卵を追ってきた兵士たちが占拠した村の広場。圧政を敷く王に対し、村人たちは怒りを募らせる。そんな村人の不満を受けてか、その場に居合わせたひとりの剣士がドラゴンライダーの伝説を語りだす。当然、それは監視していた兵士によって遮られる。ここまではよくあるシーン。だが、話の続きが気になるエラゴンは剣士に続きを促す。『兵が見ている前で』。せめて場所を変えようよ。
・上の話を聞きつけたのか、暗殺者が先程の肉屋を襲っているのをエラゴンが目撃。危険が及ぶことを察知したサフィラは、追手から逃れるためエラゴンを乗せて飛翔する。だが暗殺者はすでに彼の育ての親である叔父の命を奪っていた。やり場のない怒りをサフィラにぶつけるエラゴン。と、これだけ見ると重い話に見えるが、これまでのエラゴンの奇行のせいで全く説得力がない。あげく、エラゴンを助けようとしたサフィラや剣士に向かって小学生のような態度で八つ当たり。お前17歳じゃなかったのか。
・剣士から剣術を教わることになったエラゴン。「従兄とよく練習してたから」という極めて薄い根拠で俺は強いと言いはる。世間知らずにも程がある。案の定師匠にやりこめられ、心配するサフィラに向かってひとこと「相手が老人だから手を抜いてやったのさ」。普通なら虚勢を張ってるだけだろうと思うが、どうやら本心からそう思っているらしく、誰からもツッコミが来ない。
・悪しき王に対抗するべく、味方の本拠地へ向かう途中、敵に囚われたエルフの姫君*2の幻をなんの前触れもなく見せられる。どう考えても罠だし、たとえ本当に彼女が囚われていたとしても、まずは味方と合流して戦力を整えてからでも遅くはないだろう。なのに、根拠の無い自信を振りかざし、師匠の制止を振りきって敵の本陣に突っ込むエラゴン。案の定、助けに来た師匠が彼をかばって死ぬ。言わんこっちゃ無い……。
いやいや、言わんとしていることはわかる。こうした彼の未熟な一面は、のちの成長を促すための伏線なのだと思うだろう。そしてそのためには、彼を諌め、時に厳しく、時に優しく彼を導く周囲の大人たちや、彼と苦楽を共にし、友情を分かち合う仲間たちの存在が不可欠だ。それなのに、サフィラも師匠も頭ごなしに彼を叱るだけ(しかも根本的な問題点をいっさい指摘しないから、説教になってない)で何らエラゴンの成長に寄与しないばかりか、あっさりと彼の言い分を認めてしまう。エルフの姫君や師匠の宿敵の息子といった、原作では重要なポジションを占めるらしいキャラも仲間にはなるのだが、その頃には尺が足りなくなってストーリーには何の影響も及ぼさなくなっている。そのため、おそらく設定上では成長しているのだろうエラゴンくんは、しかし観客にとっては最後までバカなままなのである。それは奇しくも、稚拙で荒削りながらも己の萌えと燃えを追求し、15歳から書き始めてわずか2年で自費出版までこぎつけた原作者の姿に似ている*3。未熟な原作を周囲のプロがしっかり磨き上げれば、きちんと三部作作りきることができたはずなのだ。それなのに、ああそれなのに。わずか100分という枠に、三部作の第一章、600ページ分の内容を無理矢理押し込めてしまったためか、ひたすらイベントを消化することにばかり終始して、肝心要のドラマがなにひとつ磨き上げられていないばかりか、すべてにおいて薄っぺらく、観客に何の引っ掛かりも残さないものになってしまった。第二部以降が作られないのも、これではなあ。

原作者が15歳ってことで、色々と人物描写やストーリー展開に粗があったりするのは仕方ないのだと思う。そこに専門の脚本家や映画スタッフが手を加えて、一流の映画に仕上げていくのがプロの仕事だろう。それを安易にガキ向け映画に仕立てようとした制作会社の意図とはなんであるか。なあ、レベルファイブよ。
余談だが、この映画、字幕の訳がめちゃくちゃひどい。元のセリフは俺でも聞き取れるくらい簡素な英語なのだが、まるで中学生が訳したかのような直訳で、セリフと字幕の長さが全く合ってない。かと思えば、どう英語を意訳してもその日本語に訳したら文脈がおかしくなるだろ、というようなものもポンポン出てくる。気高いドラゴンであるはずのサフィラの口調も、そのへんのねーちゃんみたいだし、気品も何もあったものではない。所詮深夜放送のマイナー映画だから、翻訳者を雇う予算もなくて、テレビ局の人が自分で訳したのだろうと思った。エンドロールを見るまでは。
字幕制作:戸田奈津子
ああ、そういうことか……。

*1:映画の邦題では「ズ」はつかないらしい。まああんなのがD&D原作とは思いたくないわな、チラッとしか登場しないビホ……鈴木土下座衛門ぐらいしか共通点ないし

*2:映画ではなんの説明もなかったが、どうやらエルフ族らしい。この映画のエルフは人間と全く同じ容姿(耳含む)なので、言われなきゃ気づかない。あげく、原作でのエルフは美しい黒髪が特徴とされているそうなのだが、映画ではただのブロンドである。スタッフが何も考えてないのがまるわかりである。

*3:日本で自費出版というと山田悠介あたりを想像してしまってガッカリな感じがするが、そもそも日本の出版業界は世界的に見てもかなり特殊な構造をしているので、一口に自費出版といっても簡単には比べられない。日本の例にあてはめるなら、むしろ同人誌のそれに近いのかもしれない。