http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/932258.html
 僕は自分でも呆れるくらい本を読まない人間でして、何か書くたびに自分の文章力のなさに歯ぎしりしてます。映画見るのもいいけど本も読まないといけませんな。
 ところでこういう本が売れる背景って、やっぱどれだけ活字(というか文章を通じた文化全般)というものがどれだけ読者にとって遠いものになっているか、ということの証左なんじゃないかなあ。逆オタク化というか。つまり、こういった本の主要な読者層は、いわゆる文学作品とか、新聞とか、そういう文章体(明治以前なら文語体で書かれていたような文章ですね)というものにまったく触れないわけです。それは本人の怠慢ではなく、本当に触れる機会がまったくないから。引きこもってファッションに疎くなるのと、丁度逆ですね。そうなると、なんと普通の日本語の文章が理解できなくなってしまう。いや理解できないわけではないのですが、文章が堅苦しいと感じて、読むと疲れてしまう体になってしまうのではないでしょうか。そうなると、疲れずに何とか読める文章、というのが、取り留めのない世間話をそのまま文字にしたようなモノや、メールに書くような、絵文字を取り除くとストレート極まりない表現だったりする。(ちょっと前に妹に聞いた話だと、そういう子は絵文字がメールに入っていないと「怒っているんじゃないか」と思ってしまうんだとか。感情表現なんて語彙と構文で何とかなるだろうに……)

 僕は気取った文章というのが嫌いで、なるべく簡潔な表現をしようと心がけています。僕自身は脚本を書くことはないけれど、脚本やコンテを見て「これは蛇足じゃない?」と思った文章はできるだけ叩く方針です。簡潔でいて、なおかつ奥が深い。難しいけれど、だからこそ、それを目標に。